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前田一歩園財団について
Maeda Ippoen Foundation Profile

前田一歩園の由来

前田正名の信条「万事に一歩が大切」

 阿寒の自然環境を守り育む姿勢のはじまりは、財団の前身「阿寒前田一歩園」の初代園主・前田正名の精神にあります。
 鹿児島県出身の前田正名は、明治2年にフランスへ留学し、8年後に帰国。大蔵・内務・農商務省の要職を歴任し、全国の実業界の振興に積極的に取り組みました。
 そのかたわら、自ら地方産業の模範となるべく、各地で農場経営や山林事業を展開。その事業体には、座右の銘「物ごと万事に一歩が大切」から「一歩」をとって「前田一歩園」と名付けました。「阿寒前田一歩園」は、正名が手がけた事業体のひとつで、明治39年に国有未開地の払い下げを受けて、牧場として拓いたのがはじまりです。
 阿寒の地に立った正名は湖畔の景観に深い感銘を受け、晩年に「この山は、伐る山から観る山にすべきである」と語ったと伝えられています。

正名から正次、その妻・光子へ

 阿寒に寄せる正名の思いは「前田家の財産はすべて公共の財産となす」という家訓とともに、2代目園主・前田正次から、その妻・光子へと受け継がれました。
 3代目園主を継いだ光子は、生活の拠点を東京から阿寒へ移し、地域の人々や職員とともに山林の経営、環境保全に努めました。そして、後世にまで阿寒の自然を残したいと、前田一歩園の財団法人化に尽力したのです。
 その願いが実り、昭和58年4月1日に財団法人「前田一歩園財団」が設立 (設立趣意書) され、前田家の人々が伝えてきた揺るぎない『一歩園精神』とともに、そのすべての財産が財団に寄付されました。財団では光子の『自然は最高の師』という精神もまた、前田家から引き継いだ大切な財産のひとつとして、自然保護に関する多様な事業を行っています。

前田記念館

 財団では、光子が生前に住んでいた住宅を7,500坪の付属庭園と併せて「前田記念館」として保存しています。
 記念館には、現在入手困難なヤチダモ、マカバなどの貴重な大径材が使用されています。