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前田一歩園財団について
Maeda Ippoen Foundation Profile

(参考資料)
「財団法人前田一歩園財団設立趣意書」

 前田一歩園の設立にあたり、一歩園という名前の由来や、前田家の家風をまずご紹介いたします。
一歩園の名は、私の主人正次の父にあたる初代の前田正名が付けたもので、座右の銘「万事に一歩を大切に」から由来すると聞いております。
 父正名は、人々から「日本産業の祖」とまでいわれるほど、各地の産業の振興に日夜寝食を忘れて出歩き、家財を投げうって尽力されたとのことですが、そのため母市子は6児を連れて、何時も苦労されたようです。ついに子供達は父親の膝の温かさを知らなかったと過去を私に語り聞かせる主人は、その父を評して、「父は自分達だけの父ではない、日本の父だ、母は前田賢夫人であった。」と私に伝えてくれたものでした。
 自分はどう思われようとも、広く社会に尽くす父を真に尊敬できる事の素晴らしさに、私も又その主人を敬愛し、この家風のうちに嫁してすでに40余年が過ぎました。ことに主人がなくなってからの27年間は、東京を引揚げ、一人阿寒の一隅に移り住むことになりました。
 肉親も友一人もない明け暮れに少しもその無量を味わうことなく何よりも幸せなことに健康に恵まれての日常を有難く思う時、雄大な自然境に我が物と思うことの愚かさを悟らされ、家風に学び得た一歩園精神をここに植え付けられた自分をかえりみます。
 さて、一歩園所有の総面積は4,300ヘクタール、そのうち山林3,800ヘクタールと聞かされております。私のこの言葉にあるいは不審を持たれましょうが、昭和19年8月初めて阿寒に連れて来られ、主人の案内でボッケの湖岸に立ち、手にしたスティックの先を円に振り「一歩園の山林はこうだよ」と教えられたこと以外、未だ何の知識も得ておりません。
 国有林と林相を連ねた広大な原始林、この視界に定めた境界をつけることのむずかしさ、と言うより天恵の大自然の前に小さな人間一人の格式なぞ思うだけに如何に無力であるかが先に立ち、しかも、自分の所有物なぞ思うだけに気が遠くなる責任の重さから如何にそれを軽くするかを考えさせられました。
 私は初めからこれを一人で背負う気持はは少しもなく、幸い全面積が国立公園特別地域と保安林の指定を受けていることに大きく救われて、国や道の指導によって森林施業計画を立て、古くからの一歩園従業員の真剣な勤務に支えられながら、山林の経営に努めてまいりました。また、これらの体験を通して、私はこの雄大な原始境から金銭以上の貴いもののあることを十分に悟ることができました。そして何時も思うことは、自然保護と言う人間の思い上りです。自然を保護するのではなく、大きく自然の保護を受けていることが真の自然保護であり、私達の生命の糧とわきまえて、如何にこの大切なものを永存すべきかを深く考えるところであります。
 山川草木、皆々生きている。生命のある限り、山のためにもまた、樹木のためにも新陳代謝の必要も考え合わせ、老令木もそれなりに活用のできるうちに勇気を持って伐採を行い、幼樹を育て、また、植樹の義務を怠らず、後世代の育成には先ずは私達が行動し、その成果を現実に認めさせる事こそ大切と考えました。
 例えば、阿寒では毎年5月末の雪消えを待ち、小・中学生、そして阿寒湖畔の住民達皆様揃って原野に植樹を実行し、年毎にその成長を確め、そのよろこびを次年のはげみにしております。
 子供達も嬉々として参加し、指導員に学びながら1本1本苗木を植え、根元をふみ、枯葉を集めて根元に太陽の直射を避けてやることにも心をくばります。
 善きことを教えみちびく大人の熱意と、善きことを行うことに快感を味わい、しだいに自らの夢を育て、次には言わずとも行わずにはいられない深い関心を寄せる後世代への道しるべを私達の大役と考えたいものです。
 1983年阿寒の元旦にあらためて一歩をふみしめ、大空に映える白銀の峰々、落葉の素肌に厳寒の風雪をじっと耐えるそのたくましさをみるとき、住むに暖をとり衣服を重ねて、なおきびしい寒さに身をちぢめる自分の意気地のなさを阿寒の大自然から教えられます。
 雪どけに、早や新芽が若葉に、そして新緑に、花咲き、小鳥や胡蝶の舞い遊ぶ春を楽しみ、秋には紅葉の絶景とて多くの人々のよろこび、四季それぞれの素晴らしさなど偉大な自然の前には、親にもうなづけなかったことの万々に、今は全く理屈のつけようを失っている素直な自分をかえりみております。
 「自然は最高の師なり」と深い感謝の念が一杯です。
そして、この阿寒に対する亡父の志に、また病弱の心身をかけた亡き主人への強いはげましの詩を心寄せられた今は亡き、

武者小路先生の遺訓
 「如何なる時にも自分は思う もう一歩 今が一番大事な時だ もう一歩

先代前田正名翁の家憲
 「前田家の財産はすべて公共事業の財産とす

そして遺訓
 「後の世の春をたのみて植えおきし 人の心の桜をぞみる

などの教えが心にきざまれております。
 ここに、前田一歩園の永遠の名称と共に、この家憲と遺訓を残し伝え、大自然の偉大な天恵に報い、そしてこの天恵を多くの人々に永遠に味わっていただきたく、前田家の財産を寄付して財団を設立し、自然環境の保全とその適正な利用が促進されるよう調査研究、自然保護思想の普及啓蒙、自然環境の保全等に寄与する人材の育成などの公共事業を行い、道民の福祉の向上に寄与しようとするものであります。



昭和58年3月1日

設立者
阿寒郡阿寒町字シアンヌ7番地62
設立者代表 前 田 光 子

東京都世田谷区駒沢4丁目27番9号
前 田 エア子

アメリカ合衆国ニューヨーク州サウザンプトン、アビウタスロード
前 田 峰 子

財産提供者
前田エア子
前田エア子
前田光子
前田光子
前田峰子
前田峰子